長年連れ添える夫婦のあり方

こんにちは。カウンセラーの渡辺紀子です。

私事ですが「幸せな夫婦」を実感した出来事を書きたいと思います。

 

幸せな人生だった、という言葉

 

2年ほど前に伯父が病気で亡くなりました。

病気が見つかった時はすでに末期の状態でした。

前日まで元気に趣味を楽しんでいたそうです。

 

療養中は毎日奥さん(私の伯母)が病院に通い、かいがいしく世話をしていました。

奥さんが帰る時間になると「もう少しいてくれよぅ」などと言っていたそうです。

 

そしてなくなる数日前

「俺は幸せだったなあ。幸せな人生だったなあ」

と言ったそうです。

 

結婚して50年余り、時代は違えども最後にこのように思える結婚生活。

本当に素晴らしい夫婦だったと思います。

 

 

夫の妻の関係は極限状態でも変わらなかった

 

異変に気付いたのは奥さんです。

 

家でいつも通りくつろいでいる夫の体を見て、何かおかしいと感じたそうです。

夫は「そうか?」と自覚はなかったようですが、自分を良く知る妻の言葉です。

素直に病院に行き、病気が発覚しました。

すでに手の施しようがなく、緩和ケア病棟に入院することになりました。

 

死を待つしかないー。そんな極限状態に置かれた夫婦の心理は推し量るのもはばかられるような気がします。

しかし二人は限られた時間を精一杯支え合い、笑い、頼り、辛ささえ共にしました。

 

夫が痛みや苦しみを訴えれば妻は何とか和らげようと手を尽くし、

弱気になれば「そうだね。でもずっと私がいるからね」と心を寄り添わせました。

 

家に帰りたいと言う夫のために帰宅許可をもらおうと医師に相談したり、

家の雰囲気を感じてもらうように手料理も持っていきました。

 

そして毎日毎日、そばにいて「ねえ、お父さん」「なあ、母さん」と会話をし続けたそうです。

 

医師から帰宅許可をもぎ取った日、たった一泊の自宅でも「やっぱり家はいいなぁ」と

とてもうれしそうで笑い声も上げていたようです。

 

夫の頑張りと愛情、妻の支えと思いやり

50年も前に結婚した二人です。今のように自由な結婚生活を求めることはできない、そんな時代だったでしょう。

 

妻は夫の実家に嫁ぎ、姑と小姑(私の母)の中で暮らすことになりました。

夫は自営業でしたのでその手伝いもあります。

接客や事務作業etc・・・初めての仕事は多岐にわたります。

家事をし、姑の面倒を見、小姑の相手もします。赤ちゃんが産まれれば母としての責任もありました。

 

このように書いていると「無理ゲー」的な結婚に思えるかもしれませんね。

でも、本当に仲の良い夫婦だったんですよ。

 

 

それは、いつも夫が妻の味方であり続けて「ありがとう」を欠かさなかったから

頑張っている大切な妻のためにも、仕事の業績を上げて経済的な負担はかけないぞ!とより頑張ったから。

世話を焼きたがる妻には存分に甘えて、お互いの性格に添った心地いい関係を作ってきたから。

夫を育てた姑を自分の母のように大切にしようと、妻は心に決めて実行してきたから。

 

「お父さんは私がいないとなーんにもできないのよ」と笑う妻に、

「俺は○○子(名前で呼んでいました)がいないとダメだよ」と笑う夫。

 

ちゃんと妻の価値を感じて認めて「この家に居なくてはならない人」と居場所を作ったんですね。

妻も「私はこの家の嫁よ!」と胸を張っていられるくらい、夫と姑、家族のために心を尽くしたのでしょう。

 

夫も妻も互いを第一に想い、お互いのためになることを考えていたんだと思います。

 

だからキツイことを言ってもちゃんと受け止めてもらえる。

言いかえしてもケンカになっても、「この人が大切」という思いがお互いにあるからちゃんと収まる。

子供の教育なら妻が主導だけれど、大事な場面では夫がぐいっと前に出るという役割もできていたようです。

 

姪である私の前でものろけるような、素晴らしい夫婦でした。

 

 

言いたいことが言えないのは夫婦としてどうなの?

 

 

夫婦の不満としてよく挙げられることに「わかってくれない」というものがあります。

伝えなければ伝わらないだろうな、と理屈では理解できていても言葉に出すことができないんですよね。

 

なぜでしょうね?

 

私は、「相手を信じていないから」だと思うのです。

言ったら嫌われる、言ったら機嫌悪くなる、だったら言わない方が平和だよね。という発想ですね。

心の中は平和ではないんですが・・・💦

 

ちょっとした不満も蓄積すれば取り返しのつかないことになりかねませんよね。

だったら平和っぽいふりをするよりも、先々の本当の平和のためにできることをしませんか?

 

やれるだけのことはやる。

と、自分で決めるだけです。

 

やれることをやりつくして、その上で言葉に出して相手に拒否されるのであれば割り切りもできます。

自分を信じてくれる人を裏切ったり悲しませたりは、なかなかできないものですよ。

だから、まず自分が相手を信じる。信じるための手をつくす。信頼されるための手を尽くす。

 

そうやって作り上げた夫婦の人生が50年後に

「幸せな人生だった」

となるのではないでしょうか。

 

 

乱文になりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

皆さまが「幸せ♪」と言える相手と出会えるよう、願っております。

 

婚活カウンセラー 渡辺紀子

 

 

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